これが江戸っ子棟梁

▼とんでもない落語通
 旅行初日の夜に「牛ほめ」と「粗忽長屋」を高座にかけたのは、はじめて聴く人にも分かり易いと思ったからだ。ところがどっこい、これが大違い。当夜の客の中に、とんでもない落語通がいたのが後で分かった。それが2人もいたのにはビックリ。生半可な気持ちで高座には上がれない、と改めて思った。

 これまでも旅行した先のホテルや旅館で、客のリクエストに応えて何度となく落語を披露した。だが、ナマで落語を聴くのは初めてと言う人ばかりで、落語と言えばテレビ番組の「笑点」しか知らない人がほとんどだった。

▼噺の背景、文化事情
 だから、落語好きに話すようなネタは、受けないだろうと思って、ハナから笑いの多い「牛ほめ」と「粗忽長屋」を披露した。狙い通り、随所で笑いが起こり、喜んでもらえた。

 ところが、客の中に飛び切りの落語通がいた。その1人が、おんとし84歳の元大工の棟梁。本職の噺家でも知らないような話題がポンポン飛び出す。そればかりか噺の背景、文化事情にも実に明るいのには驚いた。

▼録音させてください
 棟梁が与太郎に代わって強突く大家に掛け合う「大工調べ」を持ち出したら、そんな噺はよくご存じ。それどころか、木を掘って、底に小さな見事な猿の細工をする噺など、聴いたこともないネタが次々登場。余りの凄さに、「棟梁、お願いがあります。日を改めて、今話したことを録音させてください」と頼んだ。

 聞き流すにはあまりにも、もったいない話だからである。今は、なくなった人形町など多くの寄席。そんな話も細かく聞いてみたい。当時の風俗、職人気質も聞きたい。

▼小学校出て小僧に
 棟梁は「オレは小学校しか出てない。すぐ、小僧になって親方についた。オレの話なんぞ聞いても、何の足しにもなんねえよ」と照れていたが、博学なのには驚かされた。本が大好きだそうで、おかみさんの話では、若いころから、暇があると図書館通いをしていたという。

 それに好奇心の強さと行動力。これがまたすごい。木を扱っていたので環境問題にも関心が強く、疑問があると直接、学者に手紙を書き質問する。そんなところから交流が深まり、山林の現場視察に度々、招かれた。いろんな学者や文化人の知遇を得た。また、NPOといっしょに東日本大震災の被災地に行き、約2か月間、子供たちに木製おもちゃの作り方を教えた。

▼電動だから腕は不要
 今の大工は電動工具がないと仕事が出来ない。型通りのことはするが、そこからちょっと外れたことを頼むと、もう手が出ない。マニュアルにないからである。身体で仕事を覚えていないからである。

 宿のロビーにデンと構えた囲炉裏の分厚い木枠の隅を指さしながら、棟梁は「この継ぎ目を直角につなぐまで(の腕になる)に昔は10年はかかった。今は、電動だから腕は関係ない」。だから、今は技が身につかないと嘆いた。

▼3時間以上も話し込む
 「ボランティアだ、何だというが、昔は困った人がいたら、黙って手を貸したもんだ。それが当たり前だった」と棟梁。落語の話も、宮大工の話も、もっと聞きたかったが、柱時計の針が午前零時をとっくに過ぎていたので、ここまでとした。

 囲炉裏を囲んで3時間以上も話し込んだ。それにしても凄い84歳。生まれも育ちも、正真正銘、本寸法の江戸っ子である。

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