ネット中毒は事実上の閉じこもり

▼直接人と話そう、若者と語り合おう
 ネットには「原発をゼロになんとか、かんとか」「新潟県知事を応援する何とか」、などなど、威勢のいいグループがあるようだ。が、2日の参加型シンポジウム「福島・マーシャル・タヒチ 核 被害者と考える民主主義」には誰ひとり見かけなかった。

 太平洋の核実験被害者のナマの声が聞ける機会など、現地に出向いていかない限りない。首都圏に住んでいて、原発に反対なら、「ぜひ、聞いてみたい」と思うのではないか。

 スローガンだけ派手に掲げてネットで喜んでいる。「スローガン政治」の安倍晋三とどこが違う? 本気で原発再稼働を止める気があるのか、と聞きたい。

 フェイスブックにはこの類が多い。火事場の野次馬だ。「すごいね。燃えてる、燃えてる」とヤジを飛ばすが、自分から手を貸すようなことはしない。

 行動しなければ意味がない。2日の参加型シンポには、憲法「9条の会」の人が群馬から駆け付けた。73歳の在日韓国の方が発言した。証券会社勤めの30代の女性が「日本の原発輸出」を契機に退職、反原発に立ち上がったと言った。たくさんの人が自分の思いを語った。

 こうした集会に顔を出すと、「新たな人のつながり」が出来る。ネットワーク。だから、「参加」を呼びかけているのだ。本気度のある人は年齢や職業、男女に関係なく、積極的に足を運ぶ。会議のあとの懇親会で、さらに盛り上がった。意思疎通が図られた。

 そこが「ネットつながり」と異なるところ。第一、ネットはどこのだれか全くわからない。信用していいかどうか判断不能だ。恐る恐るコメントを読んでいる。氏素性が分からないほど不気味なものはない。そんな世界がネット社会だ。

 もちろん体調が悪い方や、家庭の事情で参加できない人がいる。その方たちに無理をしてまで参加を呼び掛けているのではない。

 五体満足なうえに、自由な時間がたっぷりある。自分では何も行動せず、安倍の悪口を言うのが趣味の人のことを言っているのだ。聞くところによると、ネット大好き人間の彼らをネトウヨに対してネトサヨと呼ぶそうだ。

 違うのは立ち位置だけで、どちらも似たり寄ったり。ネトウヨもネトサヨも社会的には何の影響もない。ネットというごく小さな社会の片隅で、「一人悦に入っている」だけである。ネトサヨの皆さんに言いたい。その力を「行動」に転化してもらいたい。

 ネットの中だけで生きていたら、本当の世の中が分からない。時流に流される。風評にあおられ自分を見失う。仕方がないから「いいね!」でごまかす。寂しい限りだ。

 原発でも、戦争法でも、辺野古でも、介護でも、SEALDsでも、様々な集いがある。小林節さんが近くに来て講演すると聞けば、駆けつけて話を聞く。質問する。そうすれば、会の後には2、3人の友だちが出来る。

 興に乗ればお茶でも、おちゃけ(酒)でも飲んで、「しゃべりば」を展開。楽しいではないか。ネットでは得られない充実した時間を過ごせる。相手の顔を見て、人と会話する。他人と意見を交換する。これが大切だ。

その3はここをクリック
http://26663082.at.webry.info/201604/article_10.html

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  • 子供たちに被爆の影響が出ているのは許せない

    Excerpt: ▼タヒチとマーシャルと福島と  ジャーナリスト高瀬毅の呼びかけでシンポジウムに参加した。討論は、休憩時間を忘れるほどの熱気で、4時間にわたって繰り広げられた。「原発」の被災者と「核実験」の被害者、共.. Weblog: 半歩前へ racked: 2016-04-07 22:49