「吉田昌郎」の名前を絶対忘れてはならない 2

▼命がけで立ち向かった“戦士”たち
 焦りと不安の現場で、最高責任者としての判断を迫られ、指揮を執る吉田所長。その心境を思うと、胸が痛んだ。フクイチの現場で働く東電の皆さんは、人類史上例を見ない事態に命がけで立ち向かっくれた。ただ、感謝するのみだ。

 冷却用の注水が不可能となった状態で、格納容器の破壊という最悪の事態を避けるためにはベントしかない。被害の拡大を防ぐために、承知で放射能を放出する方法である。そのためには危険を冒してバルブを開ける必要がある。人選が始まった。「若い者はダメだ」ー。この言葉に涙がにじんだ。

 そして中年2人1組の3組が選ばれた。おそらく戦時中、敵艦に体当たりした特攻隊員と同じ心境だったのではないか。全員が死を覚悟して免震棟から高線量の外に飛び出した。放射能の濃度は24シーベルト。15分で死ぬ値だ。このように、死と隣り合わせで原発に挑んだ人たちがいたのである。

 これに対し、東京本店に居座った東電の社長、清水正孝や副社長の武藤栄、それに東大教授で原子力安全委員長の斑目春樹らは繰り返し電話をかけ、「ああしろ、こうしろ」と好き勝手な横やりを入れた。

 現場の実情を知らないにもほどがある。すべての電源がストップし、暗闇の中で懐中電灯片手に計器の修復に努めたり、情報収集に必死になっている最前線の現場。吉田所長は思い余って、「みんな命がけでやっている。邪魔をしないでもらいたい」と言い返した。

 「飛行機の電気系統がすべて喪失した状態で操縦しろ、と言うようなものだ」と言い残した吉田昌郎所長は、爆発から2年4カ月後にがんでこの世を去った。享年58歳。戦死である。

 私たち首都圏をはじめ、東日本で生活している者は、この人のおかげで命を救われた。「吉田昌郎」。この名前を決して忘れてはならない。

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編注
 清水たち東京本社に陣取っていた連中は、その後、東電から高額の退職金を受け取り、関連団体に天下るなど優雅な暮らしを続けている。黒澤明の映画「悪い奴ほどよく眠る」というタイトルを思い出した。

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この記事へのコメント

エダマメ
2016年03月15日 08:56
高齢の母はあの番組を涙を流しながら見ていたが、途中で体調不良になった。それほど、内容が緊迫したものであり、強烈だったのだ。福島原発の時を追ったドキュメンタリーは、朝日新聞の「プロメティウスの罠」でその刻々と変化する事態を伝えた。吉田昌郎所長だけではない。あの時所員の全てが死を覚悟しつつ動いていたのに違いない。私たちは原発事故の恐ろしさをもっと認識しなくてはならない。

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