心が熱い、熱い人

▼痛み、悲しみに寄り添う
 寡黙で、不器用で、それでいて義理人情に厚いー。こんな役を映じた高倉健という男は、素顔も役柄そのままの人間だった。彼と関わった関係者みんなが異口同音に語る高倉は、人の痛み、悲しみに寄り添う男だった。年代を超えて慕われる高倉健の魅力がそこにある。彼の死で、昭和の幕が本当に閉じた気がする。

 大物と呼ばれる、俗に言う有名人は客に向かって見せる営業の顔と、素顔が違う者が多い。カネになる時は笑顔を振りまくが、プライベートになると全く別の顔になる。だが、高倉は違った。彼はどんな時も変わらない。表と裏がない人間だ。

▼新聞切り抜きは「宝物」
 4日前の東京新聞が次のように報じた。

 新聞に載った一枚の写真をきっかけに、高倉さんは東日本大震災の被災地へ思いを寄せていた。宮城県気仙沼市でがれきの中、唇をかみしめて水を運ぶ少年。高倉さんは、最後の主演映画「あなたへ」(1012年公開)の台本にこの写真を貼り、持ち歩いていたという。

 がれきの中を歩く少年は、同市鹿折中2年の松本魁翔(かいと)君(14)。震災の津波で自宅が全壊し、親類の家に身を寄せていた松本君は「みんなの役に立ちたい」と黙々と井戸水を運んでいた。高倉さんは、新聞から切り抜いた写真を「宝物」と言って台本に貼り付けた。「毎朝、写真を見るとぎゅっと気合が入る」と語っていた。

▼平穏に過ごして欲しい
 高倉さんと松本君は手紙も交わしている。「気仙沼を立派にして健さんを招待したい」と、松本君が送った手紙に昨年4月、高倉さんから返事が届いた。「常に被災地を忘れないことを心に刻もうと、映画の台本に魁翔君の写真を貼って毎日撮影にのぞんでいました」。

 「私は魁翔君があまり注目され過ぎてしまうことを望みませんでした。人生で一度しか味わえない子供時代の日常生活を、できるだけ平穏に過ごして欲しいと願っているからです」と、松本君を思いやる心情も綴られていた。手紙は「遠くからですが、貴方(あなた)の成長を見守っています。負けないで!」と締めくくられていた。

▼心が熱い、熱い人
 「健さんは心が熱い、熱い人。俺もこういう人になりたいと思った」と松本君。手紙をもらったことはこれまで秘密にしてきたが、「俺のように、読んだ人が元気をもらってくれるならうれしい」と言う。松本君は「健さんには大きな力をもらった。気仙沼が復興する姿を見守っていてほしい」と復興を誓った。

 記事は、少年が「注目され過ぎるのを望まない」、との高倉の思いを伝えた。高倉健の人柄がにじみ出た、思いやりにあふれた言葉だ。

▼優しさ、深い思いやり
 こんな話もある。「郵便物が届いた。木箱に入った線香と手紙。 高倉健さんからだった。父と高倉さんは決して親しい間柄ではなかった。挨拶を交わす程度のおつき合いだった。そんな間柄を思い気遣ってくださったのだろう。

 通夜、告別式に花を送るではなく、弔電を打つでもなく、葬儀が終わり、ほっとして家族にやっと哀しみが訪れる時を考えて、お線香を送ってくださった。何という優しさ、思いやりだろう。母と僕は頂いたお線香に火をつけ、父の遺影に静かに手を合わせた」。

▼雪の中で花束抱え
 ビートたけし(北野武)は映画「夜叉」(1985年)で初共演した。撮影現場でのエピソードだ。「ロケ先の福井に向かったら、健さんが駅のホームで待っててくれたの。雪の中で花束を抱えてね。

 『たけしさんですか。高倉健です。私の映画に出てくださって、ありがとうございます』。電車から降りたらそう言われてさ。ああ、今のは高倉健だ。どうしよう、参ったなと思った。何でも言うことを聞こうと思った」。

▼ただし、内証にして下さい
 牧場を舞台にした撮影に北海道の小さな町の人たちが協力。後日、町に電話が入った。お世話になったお礼に「町の行事に参加したい。ただし、内証にして下さい」―。高倉健からだった。当日、会場に現れた高倉は、宇崎竜童のギターで何曲か歌った。小さな町の町民は、歌う高倉の姿に感激した。

 高倉健は生きざまが実に粋だ。シャイで、熱い男だ。悔しくなるほど粋な男だ。

この記事へのコメント

ショコラ
2014年11月24日 09:20
高倉健さんの本も胸に沁みます。健さんの人柄がまっすぐに伝わってくるエッセーでした。確かエッセーストクラブ賞を受賞しています。
ショコラ
2014年11月25日 00:38
すみません,題名を忘れました。『あなたに褒められたくて』です。ネットですぐに調べられます。

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