震災で本気度試される仏教界

▼施設提供に消極姿勢
 日本列島に未曾有の大災害をもたらした、東日本大震災の発生から11日で1ヵ月を迎えた。だが今もなお、多くの被災者が学校や体育館などで不自由な避難生活を送っている。そんな中で京都など被災地から離れたお寺はどうして、被災者に施設を提供しようとしないのだろう。

 「駆け込み寺」という言葉があるが、これは本来、寺というものは法要など仏事をを行うだけでなく、人々が困った時に助けてくれる場所、受け入れてくれる場所という意味。大震災と大津波、原発事故の三重苦の今はまさに、その時である。

▼ほとんどは義捐金支援
 だが、不思議なことに宗教界から寺院施設の提供について、あまり声が上がらない。被災を免れた東北地方の個々の寺は進んで被災者を受け入れているが、各宗派の総本山が集まる京都からは義捐金や現地での炊き出し支援に留まっている。

 やっと発生から1ヵ月近く経った今月8日に、浄土真宗本願寺派(本山京都・西本願寺)が関係寺院で被災者300人を受け入れると表明した。大勢の信徒を一度に収容可能な寺は広くて、炊事などの設備も整っている。被災者の受け入れ場所としては打って付けである。

▼行政機関が入らないと
 なぜ、腰が重いのか調べたところ、全日本仏教会が3月25日付けで各宗派に、「被災者の受け入れについて」の通達文を発送していたことが判明した。文書は戸松義晴・事務総長名で、東日本大震災に関するお願い、と銘打った文書の中で、被災者の受け入れについては、「行政機関が間に入らないと以下のような問題点が発生すると予想されますので、ご注意ください」と警告している。

▼健康保険証を持って来い
 具体的には「被災者の身元確認(年金、健康保険など)」「受け入れ費用の発生(食事、生活費など)」「被曝チエック」「避難生活の期間設定」「受け入れ先の設備の確認(プライバシーの問題など)」「トラブルへの対処など」の6項目を列記している。

 かけがえのない妻子、親兄弟に自宅まで、一瞬にして大津波に押し流された人間に、年金証書や健康保険証、運転免許証を「持って来い」というのである。これが人を救済すべき寺の実態である。仏に仕える僧たちの紛れもない姿である。お釈迦様が泣いているのではないか。

 愛車のベンツに乗って夜ごと祇園に繰り出し、「先斗町の5本の指に入る上客」と呼ばれる僧たちがいる。そんな僧たちは本気で被災者を受け入れる気があるのか?全日本仏教会には落胆した。この非常時に、役人も顔負けの杓子定規な対応をするとは情けない。どこか狂っているとしか言いようがない。

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  • いますよ、しかし・・・

    Excerpt: ▼忘れられない僧の言葉  前回のブログ「悪僧たちへの“反乱”か」に、友人から「悪僧ばかりではないぞ」との趣旨のメールが届いた。その通り。私にも尊敬できる僧侶がいる。教えを諭す僧侶は本来、そうあるべき.. Weblog: 半歩前へ racked: 2013-03-28 18:19